人は誰でも自分のしていることが正しいと思っている。そうでなければ自己破綻することになる。
煽り運転をするドライバーもまた、自分のしていることが正しいと信じているのだ。
道路交通において制限速度が守られていない実態がある。良し悪しは別にして現実的に制限速度がまったく守られていない。
だが、警察は明らかな速度違反でなければ取り締まらない。1km/hでもオーバーすれば即取り締まりになるというのなら状況が少しは変わるかもしれないが、下り坂等でうっかり制限速度を超えることがあるかもしれないし、速度計に誤差もあるだろうから、厳密に取り締まるのは厳しすぎる面がある。取り締まり対象速度には猶予があるのだ。この手のグレーゾーンの存在は建て前の好きな日本人らしい。
こうしたことが誤解を生む原因になっている。誰もがその安全マージンを使って速度違反をしてしまい、それが当たり前だと考えるようになるのだ。終いには制限速度が間違っていると言い出したり、速度違反をしない車が間違っているという思想にまでたどり着く。
煽り運転をするドライバーは、99.9%速度違反をしており、それを目的としているから煽り運転をしなければならなくなる。
制限速度50km/hの道路において、多くの車が70km/hで走行しているとしたら、それがそこの交通の流れであると考え、それ以下の速度で走行する車は迷惑行為とみなすようになる。円滑な流れを阻害する邪魔な交通は煽り運転で強制排除することが、自分や他の交通を含めた全体の利益になると考えるわけである。嫌われ役をかって出ているつもりにすら思うのだろう。
周囲の流れに乗ることの重要性を主張する人もいるが、制限速度を超えて走行することを正当化できるものではない。速度違反の流れが出来ていたとしたなら、それを絶ち切って正しい制限内の速度に改善するのが本来、まっとうなことである。「赤信号みんなで渡れば怖くない」的な言い分で速度違反を望むとしても、他人に対して違反速度をゴリ押しすることや、法を順守する人間を不当扱いするわけにはいかない。
速度違反の流れがあって、それを制限内の速度に修正する行為への解釈は、真っ向から意見が分かれると思う。違反速度で流れているのであれば、正しい速度になるように改めるは当然のことであるともいえるし、一方、せっかく速い速度で流れているものを遅い車がブロックしているようにとらえるかもしれない。
例えば制限速度を守る車が警察車両や、あるいは暴力団員の運転する車であったなら、いつも煽り運転をするドライバーも行動が変わるのではないだろうか。煽り運転は車間距離不保持違反であり、危険行為であることと、なにより前を走行する車のドライバーに強い不快感を与える。そのことを煽り運転するドライバー自身がよく分かっているから、相手によって行動が変わるのである。
制限速度を守って運転するドライバーと、それを悪人や迷惑行為であるとして嫌がらせをするドライバーがいたら、本当に悪人で迷惑なのはどちらだろうか。
2010年8月11日水曜日
2010年8月10日火曜日
プロドライバーには鉄の心が必要
バスやタクシー等の旅客を乗せて運転することを目的とするドライバーはプロフェッショナルである。人の命をあずかっている以上、絶対に失敗が許されない。
プロドライバーには運転技術をはじめ、地理に関する知識やコミュニケーション能力等が必要であろうが、もっとも必要だと思うのはプロ意識ではないかと思う。
プロ意識とは法令順守や安全運転、そして他の交通に惑わされない鉄壁の心である。どんなプレッシャーを受けようが決して腹を立てて感情的にならない固い心を持っていて欲しいと思う。
バスやタクシーを利用するお客さんは、安全に目的地に行ければそれでいいのだ。危険な運転をする車になど乗りたくない。
理想はそうであっても現実は別である。バスやタクシーのドライバーだからといっていつも冷静な運転ができるわけではない。
バスとタクシーでも頭に血が上ったような運転をしているのを見たことがある。それはドライバーにストレスのかかる状況ではあったが、腹を立ててしまってはアマチュアと変わらない。
トラックドライバーも貨物輸送のプロであり、大部分はマナーも良く、ある意味手本になるようなプロの運転姿勢を披露してくれることもある。だが、一歩はずれた時の酷さは旅客輸送の車とは桁違いだ。
プロドライバーには運転技術をはじめ、地理に関する知識やコミュニケーション能力等が必要であろうが、もっとも必要だと思うのはプロ意識ではないかと思う。
プロ意識とは法令順守や安全運転、そして他の交通に惑わされない鉄壁の心である。どんなプレッシャーを受けようが決して腹を立てて感情的にならない固い心を持っていて欲しいと思う。
バスやタクシーを利用するお客さんは、安全に目的地に行ければそれでいいのだ。危険な運転をする車になど乗りたくない。
理想はそうであっても現実は別である。バスやタクシーのドライバーだからといっていつも冷静な運転ができるわけではない。
バスとタクシーでも頭に血が上ったような運転をしているのを見たことがある。それはドライバーにストレスのかかる状況ではあったが、腹を立ててしまってはアマチュアと変わらない。
トラックドライバーも貨物輸送のプロであり、大部分はマナーも良く、ある意味手本になるようなプロの運転姿勢を披露してくれることもある。だが、一歩はずれた時の酷さは旅客輸送の車とは桁違いだ。
2010年8月9日月曜日
サンキュー事故が多い
信号待ちなどで車の並んでいるとき、対向車線から右折横断したい車があった場合、間を空けて止めて前を通れるようにすることがある。このとき止めた車の陰からバイクがすり抜けてきて、右折横断車と衝突するというのはよくあるパターンのサンキュー事故である。渋滞時の交差点で直進車が交差点に侵入できず待っているところを右折する場合にも同じようになることがある。
進路を譲られた右折車が素早く右折しようとして、確認がおろそかになるのが原因だ。
車の間をすり抜けてくるバイクにも問題はあるが、直進車優先であるから、どちらかと言えば右折車の責任が大きい。
事故の典型的な例でありながら、私は今まで何度も目撃している。ある意味、心理の隙を突いたよくできたトラップだ。
右折する車の側面にバイクが衝突したり、直進するバイクの側面に車が突っ込んだりするのだが、バイクはライダーがむき出しだから、見た目に痛々しい。まさに瞬間の出来事で、衝突の後、一瞬の沈黙した空気が流れ、衝突した車の中から運転手が慌てて飛び出してきてライダーの状況を確かめに行く光景が忘れられない。
こうしたことを防ぐために直進車が進路を譲る際に左端に寄せて隙間をなくすことでバイクが車の陰に入れなくすることもできるが、左に寄せて停車する形になり、後ろの車が誤解する可能性があるのであまり良くない。右折車側で直進車の前を横切る際には一時停止に近いほどまで減速して確認するしかないと思う。進路を譲る立場の直進車は、そのように慎重なドライバーに対して良いドライバーだとは思っても「早く行け」などと思うことはないだろうから、落ち着いて運転することが大切だ。
片側が2車線以上ある場合で複数車線の車を止めてしまうことになったり、右折待ちをすることで後ろに渋滞を作ってしまうといったプレッシャーのかかる要素がある場合には、はじめから右折横断を回避する方法も考えたい。
進路を譲られた右折車が素早く右折しようとして、確認がおろそかになるのが原因だ。
車の間をすり抜けてくるバイクにも問題はあるが、直進車優先であるから、どちらかと言えば右折車の責任が大きい。
事故の典型的な例でありながら、私は今まで何度も目撃している。ある意味、心理の隙を突いたよくできたトラップだ。
右折する車の側面にバイクが衝突したり、直進するバイクの側面に車が突っ込んだりするのだが、バイクはライダーがむき出しだから、見た目に痛々しい。まさに瞬間の出来事で、衝突の後、一瞬の沈黙した空気が流れ、衝突した車の中から運転手が慌てて飛び出してきてライダーの状況を確かめに行く光景が忘れられない。
こうしたことを防ぐために直進車が進路を譲る際に左端に寄せて隙間をなくすことでバイクが車の陰に入れなくすることもできるが、左に寄せて停車する形になり、後ろの車が誤解する可能性があるのであまり良くない。右折車側で直進車の前を横切る際には一時停止に近いほどまで減速して確認するしかないと思う。進路を譲る立場の直進車は、そのように慎重なドライバーに対して良いドライバーだとは思っても「早く行け」などと思うことはないだろうから、落ち着いて運転することが大切だ。
片側が2車線以上ある場合で複数車線の車を止めてしまうことになったり、右折待ちをすることで後ろに渋滞を作ってしまうといったプレッシャーのかかる要素がある場合には、はじめから右折横断を回避する方法も考えたい。
2010年8月3日火曜日
勝ち負けなんて発想はいいかげん飽きた
野球やサッカーといったスポーツには特定の選手やチームを熱く応援をしているファンと呼ばれる方々がいる。特定の選手やチームを応援することでスポーツ観戦は特別おもしろくなる。
しかし、対戦相手は、何か悪いことをしたわけでも、懲らしめないといけないような理由があるわけでもない。どちらも一生懸命スポーツをプレイしているだけだ。応援しているチームが勝ったり負けたからといって生活に影響するような人達も多くないだろう。それで意味がないからといって、冷めた気持ちでスポーツを観戦していたのではつまらないだろうし、身も蓋もない。
道路交通においても、勝った負けたという競争意識を持つ人がいるようだ。交通は移動手段であり、何かを争っているわけでもスポーツをしているわけでもなく、スポーツ観戦のように熱くなる必要はない。交通において大抵の人にとっては何かに勝ったとか負けたということは重要ではないし、おもしろいとも思わない。
だが、意味がないことでも、人間に感情というものがあることを理解できないわけではない。人間には本能的に他者より優位に立ちたいという闘争本能のようなものがあるのかもしれないし、それが満たされたときに快感を感じることもあるだろう。
人間は本能のみで生きている生物ではない。本能は人間の重要な基本的要素だが、社会を構成するようになると本能を超えた知性が必要になる。ある程度、物事を考えられるようになると、こだわり過ぎることや、意地を張りすぎること、勝ち負けという感情が実益を持たないことがあることを学習するようになる。
ハンドルさばきや、高速なコーナリングといった運転能力に係わらず、実力というものは努力の上に習得できるものだ。生まれながらに特殊な能力を持った人間は稀であろうし、そうした人間がいたとしたなら才能と引き換えに何かを失っているものである。
失敗や練習を繰り返して獲得したものでなければ、確かなものとはならない。何のトレーニングも積んでいない素人同士が小競り合いをしていても見苦しいだけで、お笑いにもならない。
実力は修練があって備わり、真に実力がついたとき、確実に勝てる相手になど関心すらなくなる。
ありふれた競争意識のようなものにはいいかげん飽きた。
その場の感情を満たすことが目的の勝ち負けなど不毛なだけで、それを超えた先には空虚しかない。
しかし、対戦相手は、何か悪いことをしたわけでも、懲らしめないといけないような理由があるわけでもない。どちらも一生懸命スポーツをプレイしているだけだ。応援しているチームが勝ったり負けたからといって生活に影響するような人達も多くないだろう。それで意味がないからといって、冷めた気持ちでスポーツを観戦していたのではつまらないだろうし、身も蓋もない。
道路交通においても、勝った負けたという競争意識を持つ人がいるようだ。交通は移動手段であり、何かを争っているわけでもスポーツをしているわけでもなく、スポーツ観戦のように熱くなる必要はない。交通において大抵の人にとっては何かに勝ったとか負けたということは重要ではないし、おもしろいとも思わない。
だが、意味がないことでも、人間に感情というものがあることを理解できないわけではない。人間には本能的に他者より優位に立ちたいという闘争本能のようなものがあるのかもしれないし、それが満たされたときに快感を感じることもあるだろう。
人間は本能のみで生きている生物ではない。本能は人間の重要な基本的要素だが、社会を構成するようになると本能を超えた知性が必要になる。ある程度、物事を考えられるようになると、こだわり過ぎることや、意地を張りすぎること、勝ち負けという感情が実益を持たないことがあることを学習するようになる。
ハンドルさばきや、高速なコーナリングといった運転能力に係わらず、実力というものは努力の上に習得できるものだ。生まれながらに特殊な能力を持った人間は稀であろうし、そうした人間がいたとしたなら才能と引き換えに何かを失っているものである。
失敗や練習を繰り返して獲得したものでなければ、確かなものとはならない。何のトレーニングも積んでいない素人同士が小競り合いをしていても見苦しいだけで、お笑いにもならない。
実力は修練があって備わり、真に実力がついたとき、確実に勝てる相手になど関心すらなくなる。
ありふれた競争意識のようなものにはいいかげん飽きた。
その場の感情を満たすことが目的の勝ち負けなど不毛なだけで、それを超えた先には空虚しかない。
2010年8月2日月曜日
渋滞で何回にも分けて止まられると疲れる
渋滞の原因は様々だが、先頭付近がボトルネックになることで起こる。渋滞の先頭付近は遅いながらも流れているだろうが、後方になればなるほどほとんど動かなくなる。動かなくなるほどの渋滞にハマってしまったら、あきらめて腹をくくってしまったほうが気が楽だ。
渋滞で辛いのは進むでも、止まるでもなく、運転から開放されないことだ。特に高速道路の渋滞では、微速で前進し続けることも少なくなく、前の車に追突することがないようにずっと見張っていなければならない。
信号等による渋滞であれば、ちょっとずつ進んだり、止まったりを繰り返すことが多く、休むタイミングがあるだけそちらの方がまだ楽かもしれない。
渋滞は加速と低速巡航と減速、停止をひたすら繰り返す。加速ではブレーキを放し、クリープか、アクセルを踏む、速度を維持し、前の車と適切な車間距離を保ちつつ、前の車が停止すれば、それに合わせて狙った位置に止まるようブレーキ等をコントロールする。何十回とたいしてつまらない作業の繰り返しになる。簡単なこととはいえ、何回もやっていれば疲れてもくる。
こうした中、一回でこの処理ができるものを2回にも3回にも分けて詰められたり、パッと行ってパッと止まれば一瞬なのに微速前進で時間をかけて詰められたり、いったんは止まってしばらくは休めるかと思ったら、また数メートルだけ前に進んだりと、わざわざ疲れることをされることがあって、そうした時に少ない前進であれば放っておいて、後からまとめて詰めるようにすることもできるが、後ろの車がそうした考え方でないドライバーの場合、2つ前の車が前進したのを見ていて、後の車が詰めてくることがある。それも放っておけば良いのだが、察しが悪いドライバーならクラクションを鳴らすこともある。
渋滞の全体的な長さを短くすることを目的とするために、必要以上の車間を空けておかない方が良いが、一回で行けるものを何回にも分けるというのはそれとは別の話である。こまめに詰めないという意味ではなく、一回でやったらいいことを何回にも分ける必要はない。
ただし、合流している渋滞の先頭付近まで迫ってきた場合は、そうも言っていられなくなるほど頻繁に発進と停止を繰り返すことになるので、細かな操作も必要になる。
合流で渋滞する場合というのは車線減少するようなところもそうで、減少する側の車線から減少しない側の車線に進路変更が必要とされる。こうしたところではファスナー合流で交互に合流していくのが普通だ。
減少する側の車線というのは比較的速く流れていることが多い。渋滞で並んでいる車を横目に、わざと速い方の車線を走り、合流点ではファスナー合流で入れてくれる親切を受けようなんて考える人がいるかどうか分からないが、道の先で車線減少することを知らない人がいたならば、あらかじめ車線変更しておくこともできないし、途中で渋滞の列に割って入るのも難しくなって仕方なく減少する車線を走り続けているということもありえる。
仕方なくそうなったのか、わざとそうしたのか区別はつきようもないが、合流時にそうした車を入れないよう意地悪しない方が差し障りないし、結局、それでも何台か後ろには車線変更できるだろうから効果は限定的だろう。
渋滞で辛いのは進むでも、止まるでもなく、運転から開放されないことだ。特に高速道路の渋滞では、微速で前進し続けることも少なくなく、前の車に追突することがないようにずっと見張っていなければならない。
信号等による渋滞であれば、ちょっとずつ進んだり、止まったりを繰り返すことが多く、休むタイミングがあるだけそちらの方がまだ楽かもしれない。
渋滞は加速と低速巡航と減速、停止をひたすら繰り返す。加速ではブレーキを放し、クリープか、アクセルを踏む、速度を維持し、前の車と適切な車間距離を保ちつつ、前の車が停止すれば、それに合わせて狙った位置に止まるようブレーキ等をコントロールする。何十回とたいしてつまらない作業の繰り返しになる。簡単なこととはいえ、何回もやっていれば疲れてもくる。
こうした中、一回でこの処理ができるものを2回にも3回にも分けて詰められたり、パッと行ってパッと止まれば一瞬なのに微速前進で時間をかけて詰められたり、いったんは止まってしばらくは休めるかと思ったら、また数メートルだけ前に進んだりと、わざわざ疲れることをされることがあって、そうした時に少ない前進であれば放っておいて、後からまとめて詰めるようにすることもできるが、後ろの車がそうした考え方でないドライバーの場合、2つ前の車が前進したのを見ていて、後の車が詰めてくることがある。それも放っておけば良いのだが、察しが悪いドライバーならクラクションを鳴らすこともある。
渋滞の全体的な長さを短くすることを目的とするために、必要以上の車間を空けておかない方が良いが、一回で行けるものを何回にも分けるというのはそれとは別の話である。こまめに詰めないという意味ではなく、一回でやったらいいことを何回にも分ける必要はない。
ただし、合流している渋滞の先頭付近まで迫ってきた場合は、そうも言っていられなくなるほど頻繁に発進と停止を繰り返すことになるので、細かな操作も必要になる。
合流で渋滞する場合というのは車線減少するようなところもそうで、減少する側の車線から減少しない側の車線に進路変更が必要とされる。こうしたところではファスナー合流で交互に合流していくのが普通だ。
減少する側の車線というのは比較的速く流れていることが多い。渋滞で並んでいる車を横目に、わざと速い方の車線を走り、合流点ではファスナー合流で入れてくれる親切を受けようなんて考える人がいるかどうか分からないが、道の先で車線減少することを知らない人がいたならば、あらかじめ車線変更しておくこともできないし、途中で渋滞の列に割って入るのも難しくなって仕方なく減少する車線を走り続けているということもありえる。
仕方なくそうなったのか、わざとそうしたのか区別はつきようもないが、合流時にそうした車を入れないよう意地悪しない方が差し障りないし、結局、それでも何台か後ろには車線変更できるだろうから効果は限定的だろう。
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